シリアのこと読書録「ギャンブル依存症」 田辺 等を読む2

2012年02月19日

読書録 「ギャンブル依存症」 田辺 等 を読む1



「ギャンブル・・・大衆娯楽も
度を超せば依存症に。」

「ギャンブルが病気になるとき

家族を巻き込んで、ときには家族を死にたいと
まで思わせるほどに追い込んでしまうような
”病的ギャンブラー”は特別な人、冷血漢
なのでしょうか。

そうではないのです。
ごく普通の人当たりの良い人が・・・
ギャンブラーである彼(彼女)に大きな問題が
あるのではなく
彼(彼女)のギャンブルに問題があるのです。
問題のあるギャンブルとはどのような状態
なのか。」

「依存(dependence)とは、『身体的・精神的・社会的に
自分の不利益、不都合となっているにもかかわらず、
それをやめられずに反復し続けている状態』のこと。
つまり、ひどい状況になり、自分でも『やめなければならない』
と頭では分かっているのに、実際の行動では『やめられない』
という状態。」


「どのような状態が病気なのか
ギャンブルといる嗜癖、ギャンブル依存症とは
どういう状態なのでしょうか。大衆娯楽産業である
パチンコがどうして病気の原因になってしまうので
しょうか。
ギャンブルが単なるレジャーでなくなるというのなら
どこが境目なのか。

『自分からはやめられないのです。すべての所持金が
なくなるか、店が閉店になるか、レースが終わるか
なのです。やめられるのは。』

(当事者の)話す内容は彼らのギャンブルが尋常で
ないことを言い当てています。
このギャンブルは通常の楽しみ、レジャーの範囲を
超えています。彼らの賭博行動は自分では歯止めが
きかないようです。」

「自分で自分のギャンブルを制御できないことは、
やり出したらお金がなくなるか、店が閉まるまでとまらない
(コントロールの喪失loss of control)、無性にやりたくて
やりたくなるとどうにもならず、抑えられない気持ち
(渇望craving)ということに表れている。

アルコール依存症、薬物依存症でもこのコントロール
喪失と渇望は中核的な症状で、さまざまな依存症に
共通している。

現時点ではギャンブル依存症という用語は
慣用語であり、国際的な学術検討の診断カテゴリー
では、病的賭博(pathological gambling)という名称が
採用されている。

米国の診断基準(DSM-IV 1994)

A 以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される持続的で
反復的な不適応的賭博行為

(1) 賭博にとらわれている(例 過去の賭博を生き生きと再体験
   すること、ハンディをつけること、または次の賭けの計画を
   たてること、または賭博をするための金銭を得る方法を
   考えることにとらわれている。)
(2) 興奮を得たいがために、掛け金の額を増やして賭博をしたい
   欲求。
(3) 賭博するのを抑える、減らす、やめるなどの努力を繰り返し
   成功しなかったことがある。
(4) 賭博するのを減らしたり、やめたりすると落ち着かなくなる
   またはいらいらする。
(5) 問題から逃避する手段として、または不快な気分(例、無気力、
   罪悪感、不安、抑うつ)を解消する手段として賭博をする。
(6) 賭博で金をすった後、別の日にそれを取り戻しに帰ってくる
   ことが多い(失った金を深追いすること)。
(7) 賭博へののめりこみを隠すために、家族、治療者、または
   それ以外の人に嘘をつく。
(8) 賭博の資金を得るために、偽造、詐欺、窃盗、横領など
   の非合法的行為に手を染めたことがある。
(9) 詐欺のために、重要な人間関係、仕事、教育または
   職業上の機会を危険にさらし、または失ったことがある。
(10) 賭博によって引き起こされた絶望的な経済状況を
   救うために、他人にお金を出してくれるように頼る。

B その賭博行為は躁病エピソードではうまく説明されない。

ギャンブルの問題を一つの病態とみなし、相談や援助、
そして治療的アプローチを考えていく。

我が国の現状では、問題が発生している家族の中にも
治療すべき病態という認識はあまりない。むしろ夫婦や家族
の間では、問題の発生→非難と反省→対処と約束→しばらくの安定、
という経路をたどる。

そしてやがて、再失敗→再反省、または、再々失敗→家族の怒りと失望
という進行をたどることになる。家族からすると、パチンコや競馬を約束
してもやめられないということを病気とみなすことには抵抗がある。

家族ばかりではなく、ギャンブラー自身が「病気ではない」「自分の意志で
やっている」と考えており、病気と認めない。「自分はいつでもやめられる」
あるいは、「自分の場合はわかってやっている。病気ではなく自分は自分の
意思でやっている。」と。

病気を認めるということは、実は依存症ではなかなか困難なこと。
それでも、相談援助グループのギャンブル研究会のような素直に
話し合う場では、自分たちのギャンブルが単なるレジャーでは
なく病気であることを徐々に認めていく。



dragonfruit123 at 08:58│Comments(0)TrackBack(0) 読書録 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
シリアのこと読書録「ギャンブル依存症」 田辺 等を読む2