2015年10月
2015年10月31日
2015年 夏 ブルガリアへの旅13
8月14日(金)
ロージェンの修道院をみた後、メルニックへ行くバスが
なくて、ロージェンの小さな町をうろうろ。
お土産やさんの元気なおばさんが
車で10Lvで送っていってあげる
ということで乗せてもらうことに。
13:50 メルニック到着。
町の様子。小さな町。
乾燥していて川に水が流れていない。
町の歴史は古く、トラキア時代に始まる。
そのローマ、スラブの支配下で発展し、
第二ブルガリア帝国の時代には帝国の
南西部を治めていたアレクスィ・スラブの
もとでこの地方の中心になった。
長い間のオスマン朝支配を経て、ブルガリア領
になったのは、バルカン戦争(1912-13年)の
あと。往時には人口2万人、教会の数も
75あったといわれるが、今は数えるほどしかない。
ワイン博物館を発見。
ワイン博物館。入場料2Lv。試飲料1Lv。
良心的な価格でびっくり。
昔使われていた食器やワイン製
造のための道具が展示されていた。

洞窟風のワインセラー。
樽を使ったテーブルが素敵。
この樽の4種のワイン(白1、赤3)を試飲できる。
①白
②メルニックの品種
③メルロー
④セミドライの赤
②のメルニックの赤が気にいって1本購入(15Lv)
その場で瓶に詰めてコルクでしめる作業を
一緒にやらせてもらった。
美味しかった・・・
他にも色々なワインを売っていた。
ブルガリア、ワインが美味しくてお値打ちな感じがした。
2015年 夏 ブルガリアへの旅12
8月14日(金)
ブラゴエフグラッドからサンダンスキ経由でメルニックへ
メルニックはワインの産地。ギリシャとの国境にほど近い。
8:15 サンダンスキ行きのバスに乗る。
9:30 サンダンスキ着。
サンダンスキで時間があったので散策。
ピリン山脈の南にある温泉の町。冬でも
ブルガリアの他の場所より温暖。
ブルガリア帝国時代はブルガリア人が
あまり入浴を好まなかったので
一時衰退したが、その後イスラム教徒
が多いオスマン朝の支配下で再び繁栄。
公衆浴場などあったが現在は閉鎖中。
日本の温泉と比べるとホテルにスパが
ある場所と考えた方がいい。
遺跡があった。考古学博物館もあったけれど
現在は閉鎖中だった。
公共の水くみ場。
温泉のくめる泉(96度)。
ホテル サンダンスキ。スパホテル。
町のメインストリート。
11:40 サンダンスキからミニバスに乗って
メルニックへ。
このミニバスまさに地元の足という
感じで素晴らしい。
途中の村で止まって、かわいい
おじいさんやおばあさんが下りて
いった。
12:15 メルニック着。しかし引き続きバスに
乗ってロージェンという修道院のある
村へいくことにした。
メルニックからロージェンへ向かう道
が奇岩がみえる絶景だった。


ロージェンの町から修道院目指して歩く。
ロージェンの修道院到着。
フレスコ画がすごい。
12世紀に建立されたが幾度となく火事で焼け落ち
現在の形に修復されたのは1732年。
オスマン朝の治世に修復が完成した修道院の中で
現在も残っているのは国内でもここだけ。
ロージェンとは「聖誕」の意味を持つ。
中庭。ブドウの木が這っている。
内部は撮影禁止なので建物周辺の
フレスコ画を撮った。
中は漆黒の背景にさらに豪華な
絵が。キリストと12人の使徒や
150の聖書の場面が描かれている。
食堂。イスラム建築のような感じがする。
天井も。
2015年10月25日
2015年 夏 ブルガリアへの旅11
9:00 ブラゴエフグラッド行きのバス出発
10:30 ブラゴエフグラッド到着。
11:00 リラの僧院行きのバスに乗る。
11:40 リラ村到着。

12:20 リラ村から僧院行きのミニバスに乗る。
ソフィアから来たバスですでに満席。
立っていく。
13:00 リラの僧院到着。

ソフィアの南65KM、リラ山脈の奥深くにひっそりと
建っている。僧院の歴史は10世紀にさかのぼる。
イヴァン リルスキという僧が隠遁の地としてこの場所を
選んだ。そして小さな僧院を建立。やがて中世の
宗教と文化の中心になっていった。
現在の形になったのは14世紀。時の王の庇護で
僧院文化は花開いた。その後、ブルガリアは約
500年オスマントルコの支配下に入ることになる。
僧院の建物は1833年に大火事でおおかた燃えて
しまったが、その後復旧されて1993年に
世界遺産に登録された。

白黒の縞模様の外観と天井や壁の
フレスコ画の組み合わせが面白い。

地獄絵図みたいなものもある。

極彩色で色鮮やかなフレスコ。
壁面いっぱいに描かれている。

中に入ると黄金のイコノスタスが・・・
シャンデリアも何層にもなっていてびっくり。

僧院の周辺。自然がきれい。

僧院外のレストランで豚のフィレを食べる。
15:00 リラ村へ。
16:00 ブラゴエフグラッドに戻る。

ブラゴエフグラッドの町散策。

H&Mの入った建物発見。

面白いTシャツも発見。
2015年 夏 ブルガリアへの旅10
山のトレッキングの入り口 ビフレンハットから
歩くこと1時間くらいで目的地のOKOTO湖についた。

またビフレンハットへ戻ることに。


道は岩肌の上をあるいたりして
結構険しいかんじだった。

14:00 昼食は山のレストランで。

スープと肉団子、ショプスカサラダ。小さな窓口から注文して
自分で持っていくセルフサービスの食堂。
素朴でよかった。値段は9Lv(=540円くらい)。
15:00 バンスコの町へいくバスを待つ。
バスが来たのはいいけれど、
全員バスに乗れなかった。
折り返しミニバスが来るといっていたけれど
なかなか来ないので、帰りも歩いて行くことに。
16:30 ゴンドラ乗り場にたどり着くと
乗り場が閉まる寸前だった。
最終の時間を知らなかったけれど
運よく乗れてよかった。
16:50 バンスコ着。気温は31度。山の上は涼しかった。
18:00~24:00
疲れて早く寝たかったが、ジャズフェスティバルの
音響のおかげでなかなか寝付けない。
2015年 夏 ブルガリアへの旅10
8月11日(火) プロウディフからバンスコへ。
午前中はプロウディフの町中を散策。
13:00 アウトガーラロドピからバンスコへ向かう。

隣に座っていた白髪のブルガリア人の女の人と話す。
英語の先生といっていた。名刺をもらった。
プロウディフに住んでいてバンスコのジャズフェスティバル
を見に来たとのこと。この後友人とギリシャへ行くといっていた。
ジャズフェスティバルがあるとは知らなかった。
16:30 バンスコ着
この女性とさようならしてホテルへ。
バンスコは、ピリン山脈の最高峰ヴィフレン山(2914M)の
麓にある。世界遺産でもあるピリン国立公園への起点となる
町。夏はトレッキング、冬はスキーが楽しめる。
もともと工芸品やたばこ産業の町として発展してきた。
一時町は衰退したが、民族復興運動の町として
知られるようになった。

遅い昼食を近くのレストランで。

シャパードサラダと白ワイン。

塩焼きのマス。
素朴なお皿と赤のテーブルクロスが民族調。

このメハナ(レストラン)で食べました。

ジャズフェスティバルの準備をしているよう。

ホテルは、Dovri Mimoni。
家具やホテルの造りがシック。
8月12日(水) バンスコ

8:00 朝食はブルガリアの揚げパンを食べた。

食べ口は軽い。8個くらい皿にのっていて5~6個
位しか食べられない。
8:30 バンスコの町の中心を通ってロープ-ウェイ
乗り場へ。

見かけたレストランの入り口。

聖トロイツァ教会


ろうそくを買ってお供えする。

教会の塔にあるのはコウノトリの巣?

10:00 ケルビンスキーホテルという高級ホテルの横から
出ているロープーウェイで山頂を目指す。
冬にはスキーのワールドカップが開催されるそう。

ロープ-ウェイで到着後、ヴィフレンハット(1950M)
目指して山道をいく。バスが出ている
(8:30,2:30、5:30)が、時間が合わず5キロくらい歩く。

草花がきれい。空もからりとしていて
さわやか。

山道を抜けていく。

途中にキャンプできそうなところがあった。

大きな松の木があった。
階段を上って近くまでいく。

崖っぷちに生えていて面白い。
12:30 やっとヴィフレンハットに到着。
いろんな散策コースがある。
カラーのペイントで岩に印が
してあったり、看板がでていて
目的地までたどり着ける。

ここには宿泊施設+簡素なレストランがあり、
泊まってトレッキングなどを楽しむこともできるよう。

私は一番ちかいOKOTOという湖を目指すことにした。

トレッキングスタート。しかしこの時すでに
2時間以上歩いてきたのでかなり疲れていた。

大きな岩石を乗り越えて歩いていく。

良い眺め。

岩に白いペンキの間に他の色のペンキがついた目印。

橋の横で疲れて?寝っ転がっている人がいた。

いろんなコースがある。5時間コース、3.5
時間コース。
時間があればいきたいが半日しかないのでとりあえず
一番近い湖を目指す。
